ト ピ ッ ク ス

■ 石川 勝さん(高2回)が22年秋の叙勲で瑞宝中綬章 受章


 昨年三月、二度目の脳梗塞の発作で私の足は殆ど歩けない状態になってしまいました。
 昨秋、文部科学省より、東京での叙勲伝達式と皇居における拝謁の御沙汰があり、大変光栄に存じましたが私の身体不自由の故、その伝達式に出席できなったこと、況して皇居において拝謁の栄を逸してしまったことは、真に残念でなりません。しかし私一人の授与式を鹿児島大学の御好意により、十二月末に学内で挙行して下さいました。学長先生始め、理事、教授、その他の先生方の出席の下、無事に「勲章」と「同勲記」を受領し、感激も又、一人でございました。
 現役時代、東西ドイツ分裂の時期に、在外研究員としてヨーロッパ留学を許されたことは、ドイツ文学研究者として得難い体験でありました、当時、東西ドイツの接点であったゲッティンゲンは、私の研究テーマである「低地ドイツ語」の最適の研究場所でありました。今も、そこの住民と文通を続けています。
 愚直に四十年勤められたのも、皆様の温かい励ましがあってのことと思っております。今後は、私の健康の許す限り努力してゆく所存でございます。何卒よろしくお願い申し上げます。

高校2回卒  石川 勝

'11.03.08    編集委員会


■ 太田 幹晴さん(高11回)が22年秋の叙勲で瑞宝小綬章 受章


 一月二日の恒例「新春の集い」にお招きをお受けしたのに、出席できませんでしたこと深くお詫びします。同窓会長の稲垣訓宏様から、表彰状と記念品まで届けていただき、ただ申し訳なく感謝の念で一杯です。叙勲とは何か、改めてその重みを痛感して同窓会の皆様に厚くお礼を申し上げます。
 定年退職してから十年、図らずも受章しました契機に三十八年間の教職生活の一端を振り返りました。高等学校の教員(理科・生物)として勤務できた原点は、浜松西高生として三年間に素晴らしい多くの恩師に出会えたことです。生徒との触れ合いの心は、いつも恩師から授かったものでした。正に恩師が鑑であり、在学できた幸せを感じています。教育行政にも少し在職させていただき、この間は先輩の陰と陽のお力添えによって携わることができました。
 温かく親切なご指導ご支援をいただいた方が、同窓の先輩と後に知り赤面を幾度も重ね、同窓の絆を思い知りました。それに比して私は今まで何をしてきたのか、反省ばかりです。今後は限られた時間と行動半径の中で、同窓会のテーマを念頭に歩んでまいりたいと思っています。ありがとうございました。

高校11回卒  太田 幹晴

'11.03.08    編集委員会


■ 尾上 辰夫さん(高11回)が22年秋の叙勲で瑞宝小綬章 受章


 思いがけない受章で身に余る思いです。
 去る十一月九日国立大劇場での伝達式のあとバスで皇居に参内し、平安の間において天皇陛下に拝謁し、お言葉を賜りました。大学に入学した昭和三十四年四月皇居前広場で皇太子殿下御成婚の馬車行列を遠方より拝見してから、はや五十一年が過ぎ、今皇居で天皇陛下に拝謁しているとは・・・・・夢のようで感無量でした。
 受章は浜松西高校先輩諸氏や同僚など、多くの方々のお力添えのおかげです。
 「授業で勝負する」を合言葉に二十年間教壇に立ってきました。生徒とともに、盆も正月も返上で汗を流した日々が懐かしく思い出されます。その後十六年間、教育委員会と三つの高等学校で勤務させていただきました。「渋柿の渋そのままの甘さかな」。今は渋い柿でも、大切に育てれば、やがてその渋さ故に一段と味わい深い甘さを持った柿になる。そのことを身を以て示してくれた先生方に感謝します。
 この度は同窓会から表彰状並びに記念品をいただき、誠に有り難うございました。七十年の人生の中で浜西卒の持つ意味の大きさをしみじみ思う今日この頃です。

高校11回卒  尾上 辰夫

'11.03.08    編集委員会


■ 嶋 竹秋さん(高6回)が22年秋の叙勲で瑞宝双光章 受章


 昨年秋の叙勲で教育功労により瑞宝双光章を受賞し、皇居で天皇陛下に拝謁の栄に浴しました。そして今年一月二日の新春の集いにても浜松西高同窓会長稲垣様より栄誉を讃えられ、表彰状と記念品をいただいたことは、身に余る光栄であり感謝しております。
 今回の受賞は、私自身思いもよらぬことでした。在職した小・中学校や教育行政機関等で出会った方々の支えがあったお陰であります。また初めて校長に昇任したときに高6回卒の同期生が集まり、さりげなく祝ってくれたことも私への励ましになりました。
 退職前の二年間は全日本中学校校長会代議員を務めていた関係で、平成七年に皇居へ参内し、天皇陛下からお言葉を賜りました。生涯で二度の拝謁を賜り、時代は変わろうとも国家の教育に対する期待に感奮しました。
今後とも浜松西高同窓生の皆さんが更なる研鑽を積まれ、社会の様々な方面でご活躍なされることを念願しています。

高校6回卒  嶋 竹秋

'11.03.08    編集委員会


■ 新刊本紹介[春の坂道] 河合九平さん(中19回)

 河合九平さんは、傘寿の節目を迎えるにあたり、少年時代のおもいでや新米教師時代、教育長としての取り組みなどを回想した自叙伝[春の坂道-80年の歩み]を静岡新聞社から自費出版した。同書は販売せず、関係者らに送る。

449ページ A5版

静岡新聞7月10日朝刊より

'09.07.11    編集委員会


■ 同窓ゴルフ大会チャリティー募金を[頑張れ浜松応援基金]へ寄付

 浜松西高同窓ゴルフ大会の代表岩淵康至さん(高30回)が5月に開かれた大会のチャリティー募金10万8570円を、浜松市役所で鈴木市長に手渡し、[頑張れ浜松応援基金]へ寄付し、同基金への寄付第1号となった。
岩淵さんは、「福祉のため、有効に活用して欲しい」と述べた。
        静岡新聞19日朝刊より

'09.06.19    編集委員会


■ 杉田 豊さん(高9回)が21年春の叙勲で瑞宝小綬章 受章

 この度、はからずも叙勲の栄を賜わり、五月十四日、東京プリンスホテルにて文部科学大臣から勲記・勲章の伝達を受け、皇居にて天皇陛下に拝謁の栄に浴しました。
 伝達式の後、皇居にはバスを連ねて参内し、「豊明殿」に通されました。受章者と配偶者は直立の姿勢で陛下をお迎えし、陛下が中央の壇にお進みになり、受章者代表が御礼言上を申し上げ、陛下からねぎらいのお言葉を賜りました。
 バスの人となり皇居を離れる折、妻が申したのは、代表者による「御礼言上」の評価でした。静寂のなか御礼言上の発声までに長い時を感じた。後ろからは所作が見えず、何か異変でも生じたかと心配したという。代表を務めた私は言上書を開くのに手間取ったことを反省し沈んだ思いで帰路につきました。
 しかし、翌日、皇居では何事もゆったりとしており、御礼言上の流れに、特に違和感はなかったという受章者に会い、元気を取り戻したことでした。

高校9回卒  杉 田  豊

'09.05.01    編集委員会


■ 太田 孟さん(中18回)が20年秋の叙勲で旭日双光章 受章

 昨年秋の叙勲に於いて農業振興功労により旭日双光章の栄に浴し、そして今年一月二日の新春の集いにても寺田浜松西高同窓会長様より表彰状、記念品を戴いたことは、身に余る光栄であり感激を致して居ります。これも、ひとえに永年にわたり皆様の暖かいご指導、ご支援のお陰であり、又、祝詞を多くの方々より戴いたことは、誠に有り難く、心よりお礼を申し上げている処であります。
 四十年余にわたり農協役員として就任中に、農協系統(市町村農協、県農協連合会、全国農協連合会)に浜松西高同窓生の方々が在職されておられ、各分野にて素晴らしい活躍をされて居り、万事につき、お支へをいただいたことは、有難く、退任後も忘れることが出来ません。
 戦中、卒業の浜二中十八回生は学徒勤労動員や繰上げ四年卒により学ぶ期間は短かったが常に西山台に学んだことをなつかしく想うと共に大きな心の支へであると思って居ります。
 何卒、浜松西高校が未来に向って益々の飛躍されることと、同窓生、在校生の皆様の更なるご奮闘、ご活躍をご祈念を申し上げます。

'09.04.01    編集委員会


■ 大石健次さん(高9回)が20年秋の叙勲で瑞宝双光章 受章

 人に優る才能もなく、これを補うほどの努力家でもないことを自覚していますので、この度の受章を心苦しく思っています。古希を機にこれまでの歩みを振り返りますと、多くの方々との偶然とも言える出会いが線となり面となって、自分の道ができてきたことをしみじみと発見します。
 私にとっての幸運は、すばらしい方々との出会いに恵まれたことに尽きます。そのお陰でさまざまな経験をさせていただきました。
 二十歳代に静大付属島田中学校、三十歳代に県立三ケ日青年の家、四十歳代に県教育委員会義務教育課、五十歳代に再度の義務教育課、浜松市教育委員会、そして校長、市や県の校長会の役員等々です。
 具体的な業績に乏しく、ただこれらの経験に対しての叙勲ですので、人生のそれぞれの過程でかわいがっていただき支えていただいた大先輩・同僚の皆様、とりわけ西山台の同期・同窓の皆様のお陰と深く感謝しています。

'09.04.01    編集委員会


■  杉山秀夫先生のお話を聞く会

 3月7日浜松市県居公民館において高9回卒の有志の呼びかけで本校の卒業生であり昭和25年から41年まで数学教師として西高で教鞭をとられた杉山秀夫先生を囲む会が開かれました。
先生は昭和20年8月6日海軍技術少尉として広島に出張中に原子爆弾の被災者となりました。
86歳になられた今も、求められれば足を運ばれ歴史の証人としてその日広島で何が起こったか、貴重な体験談を伝えてくださいます。

 終戦後10年間口を閉ざされていましたが焼津の第五福竜丸が水爆実験により被曝、久保山愛吉さんが亡くなられたのを機に国内で原水爆禁止運動が活発になり先生も自身の被曝体験を語りはじめました。
現在先生は2010年核不拡散条約(NTP)再検討会議にむけての署名活動に尽力されておられます。
今回御著書「平和を求めて50周年」を同窓会に寄贈していただきました。同窓会館資料室に置いてあります。ぜひご覧下さい。

 「ひとりでも多く伝えたい」

   被爆体験の語り部として  杉山秀夫(中13) 


'09.3.10   編集委員会


■  古橋廣之進さん(中18回)文化勲章祝賀会

 昨年秋にスポーツ競技者としては初の文化勲章を受けた日本水泳連盟名誉会長の古橋廣之進さん(中18回)の受章祝賀会が三日夜浜松グランドホテルで行われた。
古橋さんの友人や地元政財界の関係者ら約750人が出席し、古橋さんの功績をたたえた。

妻恵子さんと登壇した古橋さんは祝賀会の発起人の祝福を受けた後、地元のスイマーから花束を受け取った。
出席者に感謝の言葉を述べると共に、先ごろオープンしたばかりの古橋廣之進記念浜松市総合水泳場「トビオ」について触れ、「あのプールから健全な市民が生まれ、強く立派な選手が育ってほしい」と後進に期待を込めた。

'09.3.9   編集委員会


■  日本弁理士会の知的財産支援フォーラム『やらまいか浜松』開催   会長は中島 淳さん(高17回)
平成20年10月28日(火)、グランドホテル浜松にて、中島さんが会長を務める日本弁理士会の知的財産支援フォーラム『やらまいか浜松』が開催された。
   この中で、中島さんは「昨今、知的財産権が一層重視されて来ている。弁理士の仕事を啓蒙するため、全国で知的財産セミナー活動を推進している。「形の無い財産」を守るため、弁理士の活動に興味を持ってほしい。静岡は自然環境に恵まれ、伝統、文化が発達し地域ブランド・地域振興のお手本となっている。弁理士の仕事は難しい特許、商標や著作権などだけではなく、身近なB級グルメのネーミングなどにも関係している。」と講演した。

 フォーラムには富士宮焼きそば学会会長 渡邉 英彦さんも招かれ、「富士宮の焼きそばはずーっと存在した食べ物。地域に良いものがあっても、全国に伝わって無ければ、無いと同じ。認定がすんだら「地域ブランド」ではなく、全国的に売れなければ「ブランド」ではない。人とお金が集まって経済効果を生み、その持続が必要」とのマーケット論を披露した。

 なお、今回「発明協会静岡支部」事務局長の曽布川正さんも、中島会長と同期の高17回卒の同窓会会員である。

 浜松も富士宮に続けとばかりに、「浜松餃子」「三ケ日みかん」「浜名湖うなぎ」など地域ブランドの売り出し中。来年には、「モザイカルチャー」が開催され、浜松の地域振興と地域ブランドの発信が期待される。
'08.11.07   編集委員会