同期会・学年会の報告


高21回 幹事会開催く



 
 我々21回卒(昭和44年3月卒)は、来年の1月2日に開催される「2011年新春の集い」 にて還暦祝いに該当するため、多くの参加者を募るため、昨年も3回の会合を持ち準 備を進めているところです。
 今年も去る3月13日(土)午後6時より、サゴーインホテルにて各クラス代表32名及び 来年度当番幹事(43回卒)の皆様(6名)にも参加していただき、企画内容・今後の 同窓会のあり方等 意見交換をさせてもらいました。
数多くの意見が出され大変充実した会合となり、我々幹事も責任を感じたところで す。
 「一人でも多くの参加を!」を合言葉に来年に向けて頑張ります。
来年1月2日には、多くの21回卒業生が元気に再会できることを願い、今後も43回卒の 皆さんと検討を重ねたいと思っております。
写真は43回卒の石野さんが撮ってくれたものです。                                           

          (幹事 二橋雅夫) (2010.4.8)


高10回「古稀の宴」開く




A組の皆さん


B組の皆さん


C組の皆さん


D組の皆さん


E組の皆さん


F組の皆さん


G組の皆さん

 
 高10回生も70歳になったので2月28日祝「古稀の宴」をホテル・オークラで開催した。 恩師3名と88名もの同年生が出席した。
同年生宮崎證君指揮によるハーモニカバンド”松ボックリ”による”高校3年生”の演奏にのり入場し、会は始まった。司会は黒田柾子さん。48名の物故者に黙祷を捧げた後幹事代表の相曽明夫君が「私達は学校が火事で焼けた直後入学した。だから講堂でベニヤ板張りの教室で勉強した。その後西高は甲子園へも行ったし、進学率も向上した。また「新春の集い」も私達が飛躍的に拡大した。これらはいまも続いている」と思いを語った。
そして河合九平先生は「水泳部の1年先輩であったあの偉大な古橋廣之進様が昨年急に亡くなったのはショックだった」と偉大な先輩の死を悲しんだ。
さらに上山一雄先生は「私も80歳を越したが70歳から80歳になるのはアット言う間で速いよ。時間を大切にな」と時間の大切さを教えてくれた。
最後に伊藤久雄先生は「今日浜松シティマラソンがありその審判を務めているので、会に間に合うか心配した」と現役で活躍されている様子を話された。先生方3人共お元気の様に見えた。
水野克弘君の乾杯のの後歓談に入り、久しぶりに会えて話の尽きない人達が酒やビールを飲み食事をしながら現況や昔話に花を咲かせた。 会は影山浩三君指揮の応援歌斉唱、山本治男君による一本〆、白柳俊司君の閉会の辞で幕を閉じた。
それから二次会、三次会へと多くの人が流れていった。                                  

          (相曽 記) (2010.3.12)


高3回卒 「喜寿の祝い」



 21年10月17日に、高校3回卒業生の同窓会を名鉄ホテルに於いて、植松豊現校長・児玉二郎先生・伊藤久雄先生・坂田秀夫先生(当日、体調不良の為欠席)を迎えて催しました。
昭和35年より3年に1回の割りで開催して来ましたが、今回初めて昼間に催しましたので、、出・欠の予測がつきかねましたが(若いころは北海道・九州よりの出席者も居りましたが、最近は東京・大阪よりが最遠参加者となり、帰りを家族が心配するとの理由で昼間に催しました)77歳の所謂「喜寿の祝年」で50名程が出席し盛り上がりました。次回は3年後「傘寿の年」に当たりますので、それ迄に今回出席者が全員無事で、今回欠席の方も都合をつけて出席し、より一層盛大になる様に期待しております。私の希望(夢)を申し述べますと、児玉二郎先生・伊藤久雄先生が、3回卒生の「米寿の年」の同窓会に元気で出席され100歳の先生方を迎えての同窓会が実現できれば・・ ・・と思っております。乱文をお許しください。

          文責:小松沢重信 (2010.2.20)


高11回卒「士会」平成21年同窓会 “50周年と30周年"



 高11回卒「士会」の平成21年同窓会は、2月7日(土)、恩師三氏をお迎えし、70名の参加を得て盛大に開催できた。
私たちは今年、50周年と30周年という二つの節目に立つている。
一つは、今年が西高を卒業して50周年ということ。卒業以来50年の年輸を刻み、現役世代から高齢者といわれる世代へと差し向いつつ、感慨を深くしているところ。
二つ目は、この形ができて30周年ということ。西高新春の集いの幹事役は卒業20年目でやる。私たち11回生は30年前にやっている。その幹事役を学年全体でこなしたときに一つの結束が生れ、「学年全体で毎年集う」といういまの形ができた。これは、この形をつくり定着させること に汗を流してくれた同士のおかげである。
今年の集いは、今また新しい発見があればいいなと、ユニークな過ごし方をしている仲間の紹介をしたりして、和やかな語らいの場であった。

          記:川瀬晴久(当番幹事:D) (2009.06.29)


高9回古希を祝う会





児玉先生



上山先生



杉山先生

   

談 笑

 高9回は、平成21年4月25日、[古希を祝う会]を、浜松名鉄ホテルで開催した。
小雨の降る中を児玉二郎先生、上山一雄先生、杉山秀夫先生がご臨席くださいました。ありがとうございました。
西は福岡、東は千葉・埼玉から同窓生が56人集まった。
 幹事代表の挨拶につづいて、物故者への黙祷、東京の会を代表して清水郁君から近況報告、昨年秋の叙勲で瑞宝双光章を受章した大石健次君へ花束の贈呈と進み、すべてのセレモニーが終わったところで、恩師3氏からお言葉をいただいた。
 高9回は昭和20年4月まさに終戦を迎えようとしていたときに国民小学校へ入学した。授業の最中に空襲警報のサイレンが鳴り、校庭の隅に掘られた防空壕へ転がり込んだ。また、昭和29年4月に浜松西高へ入学した3ケ月後の7月5日に校舎が全焼する、という学校生活では類まれな経験をした学年である。そんなせいかみんな逞しい。
 70年の人生の中でのたった3年間の交友ではあったが、こうして集い合うと終生の友としての太い絆を感じる。
最後に榎吉清光君の指揮で、校歌と応援歌を歌って散会した。
高9回全体の同窓会は、今回を最後とし、次回からは[有志の会]に姿を変えてまいります。

          高9回古希を祝う会 幹事代表 近藤哲哉 (2009.05.19)


プチはなみずき展 高18回卒女子


小沢郁子 書

   全作品はここをクリック

高18回卒業生女子29人のうち、有志12人による作品展です。
還暦を機に、各自今までしてきたことをふり返ってみようと作品を持ちより、平成20年11月19日(水)〜23日の4日間、西区入野町のギャラリー蔵で行われました。

絵画、書道、生花、木彫、陶芸、織物、ビーズ、テディ・ベアー、革工芸、ネイルアートと、多種多様です。

    取材 編集委員会 佐野 (高25回)    (2008.12.06)


第7回 浜西フォーラム


 西高同窓フォーラムは平成20年2月23日(土)コンコルド浜松で、101名のご出席の元行われた。



山本治男会長

 第一部は、政令指定都市浜松市の初代議長、酒井基壽様の講演をして頂きました。
何と驚いたことに、議長の役職は浜松市議会の歴史の中で、西高校卒業生としても初めてです。
浜松市は政令指定都市の中で、行政改革の昨年の実績は全国9番目であり、それは今まで西高校卒業生の浜松市の幹部の皆様の活躍と努力が、報われた結果であります。



第二部は、ホテル内『雲の間』に会場を移動して行われました。酒井先生の情熱的なお話で盛り上がった第一部からガラッとかわり,ピアノでの歓迎演奏を背景にして、とてもくつろいだ雰囲気ではじまりました。
開宴の言葉のあとのオープニングは、引き続きピアノの生演奏でした。奏者は浜松学芸高校芸術科講師でピアニストの飯塚みゆきさん。彼女は同窓生ではありませんが、『音楽の街はままつ』の発展に熱い想いをお持ちの方で、高32回卒の竹内県議らが後援している関係から演奏する運びとなりました。
「千の風になって」を中心としたメドレーが、とても耳に心地よい演奏でした。宴会中はどのテーブルも思い出話で笑顔いっぱい。そこに美味しいドリンクとバイキング料理が花を添えました。









 フィナーレは、「2009年新春の集い」の代表幹事を務める近藤秀樹さん(高41回卒)のリードによる応援歌斉唱でした。現役時代は応援団だった近藤さんの熱いエールで締めくくられました。来る1月2日は、また大勢で集まりましょう。

    松山亘男 (高11回)   内藤純一 (高32回) (2008.03.28)


高8回古希のつどい



柴田君の発声で乾杯




恩師祝辞




談笑



幹事挨拶

「古希のつどい」を終えて

 高8回はまとまりの良い学年である。
毎年1月2日に行われる「新春のつどい」には、毎回30人以上が出席し、3テーブル用意してもらっている。また、高8回だけでゴルフの会を作り、毎月1回例会を持っている。その他、偶数月に誰でも参加できる飲み会もあり、居酒屋で情報交換を楽しんでいる。東京にも高8回の会があり、年に数回会合を持っている。

 十年前の還暦の時には、全国に散らばっている仲間に呼びかけて58人が集まった。今回の「古希のつどい」にも全員に声をかけ、全国から60人の仲間が集まった。
恩師も3人が出席してくださって会が盛り上がった。来賓で93歳になられた坂田先生は「人生を楽しめ」とおっしゃり、85歳の児玉先生は「常に人の輪の中にあれ」と言われ、78歳の河合先生は「本当の人生はこれからだ」と励まされた。
古希を迎え、人それぞれに年輪を重ね風格も増したが、この日ばかりは皆学生時代に戻って、楽しそうに歓談したり笑いあったりした。

 私たちの学年は2年生の時に校舎を消失し、体育館を間仕切りした校舎で学んだ経験を持っている。庄内半島からはポンポン船で通った生徒がいたし、汽車の沿線の生徒は浜松駅まで汽車に乗り、あとは歩いて学校まで通った。その他の大部分の生徒は、自転車か徒歩だった。雨のひどい時ぐらいしかバスには乗れなかった。昭和29年から31年というまだ日本の貧しい時代だったが、みんな力の限り勉強や運動に青春をぶつけていた。
この次みんなで集まれるのは、多分喜寿の時だろうと思っている。

高8回 牧田亘弘 

記念アルバム(PDF)の掲載は現在準備中です。          高8回古希のつどい 幹事代表 (2008.01.16)


高10回卒業50周年記念同窓会




 平成19年9月30日(日)高10回卒の卒業50周年記念同窓会が、グランドホテル浜松で87名もの出席者をえて、正午より盛大に催された。記念写真撮影後、同期生宮崎證さん指揮によるハーモニカバンド”松ぼっくり”の”高校三年生”の演奏に乗って会場に入場した。”松ぼっくり”は更にオープンセレモニーとして”あゝ上野駅”や”なつかしの歌メドレー”等を演奏して会を盛り上げた。
司会の高部守弘さんの開会宣言に続き43名の同期生の物故者に黙祷をした後、幹事代表の相曽明夫さんが「一期一会を大切に」と挨拶した。水野克弘さんの乾杯の後、受持だった杉山秀夫先生、河合九平先生、上山一雄先生、伊藤久雄先生のご健在な4先生全員の心のこもった挨拶があった。



A組の皆さん



B組の皆さん



C組の皆さん



D組の皆さん



E組の皆さん



F組の皆さん



G組の皆さん

 歓談に入り、お互いの現在の生活やなつかしい昔話に花が咲いた。2時より余興の正調安来節男踊り、平たく言えば”どじょうすくい”を石神孝治さんが踊った。こっけいな仕草に満場大爆笑、会場の雰囲気は最高に盛り上がった。
 3時影山浩三さん指揮による応援歌斉唱、さらに鈴木正剛さんの一本〆、白柳俊司さんの閉会の挨拶と続き、次回2年半後古希の祝いをやることを約束し、楽しかった会も幕を閉じた。
そして、二次会へと流れていった。

幹事代表 相曽健 (2007.10.30)


第11回卒 士(さむらい)会開催

 平成19年2月3日(土)午後6時より、ホテルコンコルド浜松2階海の間に於いて開催した。今年も恩師4名をお迎えし、遠来の者を含め同窓生78名の参集を得て、和やかに交流、親睦を深めた。

この会の母体となった集まりは、ゴルフコンペの『なかよしクラブ』である。
その会員の中で同窓会の話が持ち上がり、会の名称も11回卒業という事で「十一」『士』(さむらい)と命名され今日に至っている。








 毎回趣向を凝らした余興が好評だが、今回はパターゲームを楽しんだ。
パターの代わりに使ったのは洋傘、ゴルフボールの代わりにはレモンとかぼすを使い、景品までダジャレ付き。例えば、「鳥インフルエンザ」と書かれたクジを引いた人には、インスタントカメラを贈呈。その心は「ウツルンデス」(感染します)といった具合だ。
 互いの健康を祈願し、盛況裏に午後8時半終演した。





幹事クラス代表 鈴木健 (2007.06.17)


第6回 浜西フォーラム

 平成19年2月17日、リニューアルオープンをしたホテルコンコルド浜松にて開催されました。
 第一部は浜松信用金庫理事長 御室健一郎氏(16回卒)の講演を行い、第二部は懇親会で年代を越えた、楽しく有意義な一時となりました。
御室健一郎氏は「この4月より政令市政都市になる浜松は、山間部が加わり大変広域な都市になり、特色を発揮し、皆で知恵をだして新しい浜松を創造しよう」とお話しされました。



第二部ではオープニングに、宮崎 證氏(高10回卒)の指揮により、松ポックリと雄踏ハーモニカサークルの皆さんで、『高校3年生』他数曲を演奏して頂きました。また最後に『荒城の月』の独奏もあり、ハーモニカの素晴らしさに、会場は拍手大喝采に包まれました。

続いて、今年度より相談役としてご就任を頂くこととなった河合九平先生(元浜松市教育委員長)にご挨拶を頂きました。



 今年は各回卒の中より数名ずつ合計114名が参加。元西高同窓生として活発なコミュニケーションを図る事ができました。

会長 山本治男   幹事(文責) 松山亘男 (2007.04.17)