同期会・学年会の報告


第7回 浜西フォーラム


 西高同窓フォーラムは平成20年2月23日(土)コンコルド浜松で、101名のご出席の元行われた。



山本治男会長

 第一部は、政令指定都市浜松市の初代議長、酒井基壽様の講演をして頂きました。
何と驚いたことに、議長の役職は浜松市議会の歴史の中で、西高校卒業生としても初めてです。
浜松市は政令指定都市の中で、行政改革の昨年の実績は全国9番目であり、それは今まで西高校卒業生の浜松市の幹部の皆様の活躍と努力が、報われた結果であります。



第二部は、ホテル内『雲の間』に会場を移動して行われました。酒井先生の情熱的なお話で盛り上がった第一部からガラッとかわり,ピアノでの歓迎演奏を背景にして、とてもくつろいだ雰囲気ではじまりました。
開宴の言葉のあとのオープニングは、引き続きピアノの生演奏でした。奏者は浜松学芸高校芸術科講師でピアニストの飯塚みゆきさん。彼女は同窓生ではありませんが、『音楽の街はままつ』の発展に熱い想いをお持ちの方で、高32回卒の竹内県議らが後援している関係から演奏する運びとなりました。
「千の風になって」を中心としたメドレーが、とても耳に心地よい演奏でした。宴会中はどのテーブルも思い出話で笑顔いっぱい。そこに美味しいドリンクとバイキング料理が花を添えました。









 フィナーレは、「2009年新春の集い」の代表幹事を務める近藤秀樹さん(高41回卒)のリードによる応援歌斉唱でした。現役時代は応援団だった近藤さんの熱いエールで締めくくられました。来る1月2日は、また大勢で集まりましょう。

    松山亘男 (高11回)   内藤純一 (高32回) (2008.03.28)


高8回古希のつどい



柴田君の発声で乾杯




恩師祝辞




談笑



幹事挨拶

「古希のつどい」を終えて

 高8回はまとまりの良い学年である。
毎年1月2日に行われる「新春のつどい」には、毎回30人以上が出席し、3テーブル用意してもらっている。また、高8回だけでゴルフの会を作り、毎月1回例会を持っている。その他、偶数月に誰でも参加できる飲み会もあり、居酒屋で情報交換を楽しんでいる。東京にも高8回の会があり、年に数回会合を持っている。

 十年前の還暦の時には、全国に散らばっている仲間に呼びかけて58人が集まった。今回の「古希のつどい」にも全員に声をかけ、全国から60人の仲間が集まった。
恩師も3人が出席してくださって会が盛り上がった。来賓で93歳になられた坂田先生は「人生を楽しめ」とおっしゃり、85歳の児玉先生は「常に人の輪の中にあれ」と言われ、78歳の河合先生は「本当の人生はこれからだ」と励まされた。
古希を迎え、人それぞれに年輪を重ね風格も増したが、この日ばかりは皆学生時代に戻って、楽しそうに歓談したり笑いあったりした。

 私たちの学年は2年生の時に校舎を消失し、体育館を間仕切りした校舎で学んだ経験を持っている。庄内半島からはポンポン船で通った生徒がいたし、汽車の沿線の生徒は浜松駅まで汽車に乗り、あとは歩いて学校まで通った。その他の大部分の生徒は、自転車か徒歩だった。雨のひどい時ぐらいしかバスには乗れなかった。昭和29年から31年というまだ日本の貧しい時代だったが、みんな力の限り勉強や運動に青春をぶつけていた。
この次みんなで集まれるのは、多分喜寿の時だろうと思っている。

高8回 牧田亘弘 

記念アルバム(PDF)の掲載は現在準備中です。          高8回古希のつどい 幹事代表 (2008.01.16)


高10回卒業50周年記念同窓会




 平成19年9月30日(日)高10回卒の卒業50周年記念同窓会が、グランドホテル浜松で87名もの出席者をえて、正午より盛大に催された。記念写真撮影後、同期生宮崎證さん指揮によるハーモニカバンド”松ぼっくり”の”高校三年生”の演奏に乗って会場に入場した。”松ぼっくり”は更にオープンセレモニーとして”あゝ上野駅”や”なつかしの歌メドレー”等を演奏して会を盛り上げた。
司会の高部守弘さんの開会宣言に続き43名の同期生の物故者に黙祷をした後、幹事代表の相曽明夫さんが「一期一会を大切に」と挨拶した。水野克弘さんの乾杯の後、受持だった杉山秀夫先生、河合九平先生、上山一雄先生、伊藤久雄先生のご健在な4先生全員の心のこもった挨拶があった。



A組の皆さん



B組の皆さん



C組の皆さん



D組の皆さん



E組の皆さん



F組の皆さん



G組の皆さん

 歓談に入り、お互いの現在の生活やなつかしい昔話に花が咲いた。2時より余興の正調安来節男踊り、平たく言えば”どじょうすくい”を石神孝治さんが踊った。こっけいな仕草に満場大爆笑、会場の雰囲気は最高に盛り上がった。
 3時影山浩三さん指揮による応援歌斉唱、さらに鈴木正剛さんの一本〆、白柳俊司さんの閉会の挨拶と続き、次回2年半後古希の祝いをやることを約束し、楽しかった会も幕を閉じた。
そして、二次会へと流れていった。

幹事代表 相曽健 (2007.10.30)


第11回卒 士(さむらい)会開催

 平成19年2月3日(土)午後6時より、ホテルコンコルド浜松2階海の間に於いて開催した。今年も恩師4名をお迎えし、遠来の者を含め同窓生78名の参集を得て、和やかに交流、親睦を深めた。

この会の母体となった集まりは、ゴルフコンペの『なかよしクラブ』である。
その会員の中で同窓会の話が持ち上がり、会の名称も11回卒業という事で「十一」『士』(さむらい)と命名され今日に至っている。








 毎回趣向を凝らした余興が好評だが、今回はパターゲームを楽しんだ。
パターの代わりに使ったのは洋傘、ゴルフボールの代わりにはレモンとかぼすを使い、景品までダジャレ付き。例えば、「鳥インフルエンザ」と書かれたクジを引いた人には、インスタントカメラを贈呈。その心は「ウツルンデス」(感染します)といった具合だ。
 互いの健康を祈願し、盛況裏に午後8時半終演した。





幹事クラス代表 鈴木健 (2007.06.17)


第6回 浜西フォーラム

 平成19年2月17日、リニューアルオープンをしたホテルコンコルド浜松にて開催されました。
 第一部は浜松信用金庫理事長 御室健一郎氏(16回卒)の講演を行い、第二部は懇親会で年代を越えた、楽しく有意義な一時となりました。
御室健一郎氏は「この4月より政令市政都市になる浜松は、山間部が加わり大変広域な都市になり、特色を発揮し、皆で知恵をだして新しい浜松を創造しよう」とお話しされました。



第二部ではオープニングに、宮崎 證氏(高10回卒)の指揮により、松ポックリと雄踏ハーモニカサークルの皆さんで、『高校3年生』他数曲を演奏して頂きました。また最後に『荒城の月』の独奏もあり、ハーモニカの素晴らしさに、会場は拍手大喝采に包まれました。

続いて、今年度より相談役としてご就任を頂くこととなった河合九平先生(元浜松市教育委員長)にご挨拶を頂きました。



 今年は各回卒の中より数名ずつ合計114名が参加。元西高同窓生として活発なコミュニケーションを図る事ができました。

会長 山本治男   幹事(文責) 松山亘男 (2007.04.17)


高9回学年同窓会  恩師2氏を迎え総勢38名

 平成18年10月18日、高校第9回卒業の同窓会が、浜松名鉄ホテルにて開催されました。
恩師児玉二郎、村上清両先生ご臨席の元、卒業後50年経過した歳月を感じさせない有意義な催しでした。
榎吉リーダーの指揮による、校歌、応援歌の斉唱に大いに盛り上がり、古希を迎える2年後の再会を誓い合い、散会致しました。

高9回 幹事 松山吉男 (2006.10.20)


高40回学年同窓会  恩師5氏を迎え総勢85名

 平成18年10月8日(日)、グランドホテル浜松にて高40回同窓会を開催致しました。
卒業後初めての学年全体同窓会ということもあり、それぞれの高校時代の思い出を胸に、少々緊張した表情で受付を通る人も多かったのですが、 恩師の入場、自己紹介、歓談タイム、と時間が進むにつれ、大いに盛り上がっていきました。 2008年新春の集い代表幹事予定者より、学年の団結を誓う言葉、応援団長によるエール、校歌と続き、話は尽きないまま一次会閉会となりました。

 二次会では予想以上の参加ということで予約してあった店は満席、立ったままの人も多数という状況であちこちで思い出話に花が咲きました。 参加人数は、1次会で約80名、2次会でも約60名。当時違うクラスで話もしなかった人たちも、19年の時を経て、気軽に話せる場面があちこちで見られ、思い出話に花が咲いたようです。

 なお、この場をお借りして、申し上げます。当日は、お忙しい時間を割いて、会に出席してくださった恩師5氏の方々、本当にありがとうございました。

高40回 幹事 渡辺/土屋 (2006.10.12)


第5回 浜西フォーラム

 高10回卒の渥美高明氏山本治男氏が浜松市の助役収入役であった時第1回のフォーラムが誕生した。 高10回卒は現在の新春の集いを高11回卒の協力を仰ぎ、それまでは狭い範囲の呼びかけで行われていた同窓会を、全同窓生の共鳴共感を得て、現在の盛況に至る基礎を築き上げたことは語り継がれている通りで御座います。 当時の浜松の状況は松菱百貨店の閉館に伴い、浜松市中心部の閉塞感や浜松市の活力が今一つ迫力を欠いていた時代でしたので、我が母校の同窓生のコミュニケーションを深めることによって、活路を見出すことは出来ないだろうかと、相曽明夫氏を中心として発足を致しました。

我が母校西高を愛することは、地域社会に貢献できることが必要であり、貢献するためには年代間の垣根をはずし、各卒業年度から数名の参加者を募り、より親密に情報交換でき、地域情報を共有できるフォーラムを毎年2月に行うようになり、今年も浜松市の商工部長である、高20回卒の稲垣佳文氏の演題「政令都市浜松のビジョン」という演題で講演が行われた。

 
渥美高明顧問

稲垣商工部長

今年は高10回卒から来年新春の集いの幹事学年の39回卒までの卒回生が総数68名の登録があり、講演の後は親睦会で年代を超えて交流を図ることが出来た。 尚、相曽会長から山本会長にバトンタッチをされ、新会長山本治男氏の人間味溢れる楽しい就任の挨拶をされました。

相曽前会長(中央)

前田氏の応援歌

 
校歌、応援歌を歌いながら、母校愛に浸ることが出来ました。 我が母校の隆盛と地域社会の繁栄発展を祈念して終了した。
高校三年生を懐かしく
山本新会長
 

文責  事務局  高11回  松山 亘男 mail:matsuyama@askaonline.co.jp (2006.02.25)


歓友会(高29回)記念同窓会



 平成18年1月2日『新春の集い』終了後の午後七時より、グランドホテル浜松4Fスズキゲストハウスにて、歓友会(高29回)記念同窓会を開きました。恩師6名をお招きしての総勢105名の大宴会となりました。
70年代BGMが懐かしく流れる中、ウエルカムドリンクで喉を潤しつつ、会場のそこここで歓声やら奇声やら。愈々、9年振りの学年同窓会の幕開けです。代表幹事鈴木俊宏君の挨拶の後、恩師の紹介。続いて今日までに逝去した五名の同級生に哀悼の意を表し弔慰黙祷を行ないました。
恩師を代表して山崎賜先生の音頭で元気良く乾杯(歓杯)。会はおおいに盛り上がりました。残念ながら出席出来なかった、恩師・同級生の近況報告がなされ、暫し歓談。
およそ30年の時空を越え、朦朧とした記憶を辿り、目の前の現実との狭間で、とても不思議なそれでいて心地好い時間が流れていきました。

 そして特別企画『西高は、今・・・』全国的にも珍しい公立進学校での中高一貫教育となった西高。その母校で教壇に立つ、大石義敬君、大瀬裕市君、筒井計臣君、三名に登場してもらってのトークショウ。由緒ある運動部が廃部に追い遣られる中でも、生徒数が少ないハンデながら中等部バスケット部の好成績、筒井君束ねる陸上部の大躍進など、未だ西高の伝統「文武両道」は、失われてはいないということでした。
小中の教員をしている同級生からは、「西高中等部合格の秘訣は?」との質問も。これには、三名困ったようでしたが、どんどん生徒を送って貰いたい、最高のシステムで最高の教育で、すばらしい生徒を育てます。と、力強い返事には、同級生ながら頼もしく眩く感じました。

 宴の締めくくりは、やはり校歌と応援歌。往年の応援団長鈴木晃君の掛声で全員で大合唱をして、再会を誓い合いました。その後は、二店舗用意した二次会への大移動。深夜遅くまで、語り合った同級生も少なくはなかったことでしょう。

高29回(歓友会)は、戌年と亥年生まれの集まりです。その干支の節目の年に、かくも盛大に記念同窓会を開くことが出来ましたことは、お集まり頂いた恩師はじめ同級生の皆様と、九月より名簿の確認作業等で労を為してくれた準備会諸氏の賜物と、深く篤く御礼申し上げます。



文責 長野正弘 高29回 (2006.01.23)


参壱会(高31回)同窓会

 私たち、高31回卒業生は、1月2日 「新春のつどい」同日に、つどいを終えた時間から参壱会を開催しました。
今年は、有楽街にある「壺中堂」さんで行いました。 1次会では、27名、2次会で一人増え総出席者は28名でした。

 高校の頃には恥ずかしさのためか話せずにいた方とも、年を重ねかえって気軽に話せるようになり、思い出話や近況報告で、あっという間に時間が過ぎていきました。
 2次会は、千歳のお店でカラオケを歌いおおいに盛り上がりました。 みんなで合唱しあう場面も見られ、あっとほーむな暖かい時を共有しあう事ができました。
 高校時代にタイムスリップしたようで、自分たちのことを「西高の女子は」とか「男子は」とかという言葉を使う自分たちが、なんだかとてもかわいらしく感じられました。

 来年も、1月2日に開催します。来年度の幹事もすぐに決まり 「また来年会いましょう。」と言葉を交わしながら、お開きになりました。来年も楽しみです。

高31回 幹事 原田益見・大石快子 (2006.01.04)


26会(ニイロク会)50歳記念同窓会


平成17年12月4日(日)、高26回卒生恒例学年忘年会を浜松駅前のやま文にて行いました。昨年の『卒業30周年記念同窓会』に続き、今回は『50歳記念忘年同窓会』と銘打ち、人生の節目を記念すべく集いました。出席者は約30名。卒業以来30余年も経てば、自分のクラスを思い出せない人、お互いの成長ぶり(?)に顔と名前が一致しない人などもいましたが、それぞれの若い日に思いを馳せ、和やかな歓談のひとときを過ごしました。  

(高26回 伊藤陽子)2005.12.12


「恩師5氏含め総勢90名  高18回同期会 





予定どおり同期会は8月12日恩師5名含め総勢90名の参加にて無事終了しました。 2008年「新春の集い」に向けて結集を誓い合いました。

高18回卒代表幹事 伊藤 孝司 2005.08.13


「浜西フォーラム」に93名出席 「西山有志の会」を改称 

 第4回目の今回より「西山有志の会」から「浜西フォーラム」に名称を変更した西高同窓生親睦会が 2月19日(土)ホテルコンコルド浜松で開かれ高10回から37回までの93名が出席し、なごやかながら 活発な会を持った。

 今回は浜松中央警察署長として活躍されていた松山和弘さん(高17回)に「署長の椅子から見た浜松」 という演題で、外国人の比率が一番高い浜松市の現況や住みよい浜松にする為には地域社会の理解と 協力が必要であると熱弁をふるって頂いた。
さらに浜松東署長の山口善工さん(高17回)からも挨拶を 頂いた。
 地域社会活性化の為には西高同窓生の協力が必要である。

写真は松山和弘さん(高17回)

高11回 松山 亘男 (05.07.23)


「高11回同窓会    長ける西高士会」 


第11回卒業生「士会」G組記念写真



  卒年の十一を字にした士(サムライ)会は、恒例の2月第一土曜日に、ホテルコンコルドで恩師 4名を含め総勢75名の参加得て開催された。
 丁度西高創立80周年、我々も大半この時代に育ち世に出て、既に60才停年を越え自適生活に入っている。今年は80周年記念DVDと新たに創作したCDをスクリーンに写して、母校の経緯と寄贈の楠・同窓会旗を再認するよい機会となった。遠方より足を運び又卒業以来初めてという者あり、恩師と共に久しく顔を合わせ語り合い、正に温故知新の例年に倣う盛況な同窓の夕べであった。

(高11回 高部貴志雄)05.06.20


『卒業30周年記念同窓会』   高26回卒 

 



平成16年8月14日(土)、私たち高26回卒生はグランドホテル浜松にて『卒業30周年記念同窓会』を開催いたしました。お盆という忙しい時期であり、また今年は格別の暑さの中、約70名と言う若干少なめの参加ではありましたが、遠くは当日岩手県から駆けつけてくれた友もあり、そして何より6名の恩師がご列席くださったことには、感慨も一入でした。

90歳の坂田先生を筆頭に、川口先生、脇本先生、原田先生、蛭田先生、寺田先生と、平均年齢75歳ともなれば、過去には体調を崩された先生方もいらっしゃいますが、当日はそれぞれに持ち前の個性とご健在ぶりを発揮され、私たちを安心させてくださいました。

同級生の中には西高卒業以来初めての顔もあり、懐かしさに30年の時を一気に遡ったひととき。卒業40周年、50周年も、元気で集うことを誓い、先生方を拍手でお送りした後、散会いたしました。

           (高26回 伊藤 陽子〉 


我ら浜西高卒士会   (11回生)


 昭和34年3月卒業の同窓生で組織された同窓会は11回を漢字で表示すると士(さむらい)となり、通称さむらい会と称しております。
 在学中の主な出来事は、天皇陛下のご成婚や東京オリンピックの時代でした。その後42歳の厄年を迎え(バブルの最中の頃)同窓会を開催しようと一部の勇士の発案によりスタートしました。
 我らさむらい会の最も自慢できることは、それ以来毎年同窓会を開催し続けていることであります。今年は数えて20回目を記録いたしました。この継続は、同窓生の団結の強さを除いては語れないものの、ポイントは「毎年2月の第1土曜日の夕方にホテルコンコルドで開催する」と決めてあることです。従って多忙の中でも早い段階から日程の調整をつけやすくなっている事と、もう一つは、世話役幹事をAクラスから順番で担当する事がルール化されていることです。次回の当番幹事はこの20年来の継続を中断させる不名誉だけは負ってはならないと、プレッシャーも感じながら毎年工夫を凝らしつつ企画しております。
 最後に、今年撮った集合写真から団結力の強さを感じ取って下されば幸いに存じます。

平成16年世話役幹事  坪井成司

卒業50周年記念同期会    高5回


  平成15年9月27日、ホテルコンコルド浜松を会場に、高5回卒50周年記念大会に、恩師坂田先生の米寿祝賀を兼ねて開催された。
  井口計介くん総合司会のもと、代表の小杉司君の主旨挨拶があり、次いで物故者43名に霊安かれと黙祷を捧げた。さらに来賓代表の坂田先生が、米寿お礼と現況を拝聴した後声高らかに校歌を斉唱した。
乾杯の音頭は、県外の参加者(代表今井弘明君)がとり、懇親会となった。今年は昭和28年卒業以来、丁度50年の節目に当たり、70名の出席を数えた。が未だ存命者250名を超えますので、老年期に突入したとは言え、代表が提唱したカキクケコ(感激、興味、工夫、健康、恋)を今後の人生訓として、若さを保ち、今少しの出席者を得て、お互い語り合える喜びを享受したいと思う一夕であった。

(文責 斎藤繁雄)

高校9回卒同窓会開催 ・・・集えばそこに西山台の風


平成15年10月25日(土)、恩師4氏を迎え高9回生40名が浜松名鉄ホテルに集った。今年は多くの人が65歳の節目にあたり、47年振りの人もあって、皆が過去・現在・未来を楽しく語り合い、あっという間の2時間半であった。2年後の再会を誓い散会した。

小池(旧姓 大塚)日出夫 記       写真提供 江間俊充
 

高校26回卒忘窓会開催

 私ども高校26回卒のメンバーで、先日(2003.11.14)忘窓会(忘年+同窓会)を開催し大盛況でした。多忙中にもかかわらず、33名が集いました。
 来年は、卒業30周年ということで夏に舘山寺か弁天島にて一泊の予定でやりたいと計画しております。
 新年を迎えるに当たり、西高とOB/OGの皆様のさらなるご発展とご多幸をお祈り致します。

出席者は、阿知波、渥美恵子、相佐知美、伊藤彰弘、伊藤始弘、 伊藤岳士、磯部、内山義広、小幡、大久保朗子、大重、大塚、大富部、 河合晃一、小林稔、小林辰禎、榊原慎吾、鈴木慎一、鈴木基夫、、 土屋公良、徳原、夏目、成田陽子、武蔵島、袴田修司、袴田千枝子、 袴田真樹、日野富佐枝、平野直美、松永隆士郎、村木啓造、 山下、吉田茂彦、

日蓄会なごやかに開催 -- 学徒動員の昔を元女学生と共に懐かしむ

 大東亜戦争も末期の昭和19年、学徒動員の名のもとに、吾れ吾れも学業を捨て工場で働く事にな.った。私達のクラスは舞阪の日蓄現在のコロンビアで飛行機の補助タンクを作る仕事に従事した。
 そこにはすでに磐田商業、浜松女子商業,淑徳女学校の生徒が働いていた。学生でありながら同じ職場で共に働き、貴重な男と女の出会いにも恵まれ、私達は学徒動員日蓄組の同志として青春の一時期を共に過ごした。
 年を取ると昔を思い出すしか楽しみがなくなると言う。私達もそんな年になったと言う事だろうか。第2回目の日蓄会を平成15年10月11日浜松の呉竹荘で浜二中30名,浜松女子商18名、淑徳9名が出席し楽しい一刻を持つ事ができた。

       中学20回卒 袴田邦吉 記    写真提供 長谷川 宏.......


ご健在の受け持ちの先生全員出席   高10回同窓会

 9月28日(日)に高10回生はべんてんじまのサンレイク美浜で63名を集めて3年ぶりの学年同窓会を開いた。12時記念撮影の後司会の石神孝治くんの開会宣言、35名の物故者への黙祷により会は始まった。相曽幹事代表の挨拶、水野克弘君の音頭による乾杯にひきつづいて、かって受け持ちであった杉山秀夫、河合九平、上山一雄、伊藤久雄先生らの近況報告と挨拶があった。
 歓談会に入り、久しぶりに会った友との近況説明や昔話に花が咲いた。その中で、元浜松市助役の渥美高明君と元浜松市収入役の山本治男君がお礼の言葉を述べた。
 2時30分影山浩三君の指揮による応援歌の斉唱、鈴木正剛君の1本〆、白柳俊司君の閉会の挨拶により楽しかった会も幕を閉じた。
 相曽
 


渥美助役、山本収入役の退任ご苦労様会  「西山有志の会」盛大に開催

 「西山有志の会」が8月30日(土)6時からホテルコンコルド浜松において、6月に退任した渥美高明前助役と山本治男前収入役のご苦労様の会と銘うち、80名を集めて盛大に開催された。開会の辞、校歌斉唱に引き続き相曽代表の挨拶と慰労の言葉があり、はなみずきの伊藤さんから両名に記念品が手渡された。
渥美さん山本さんのお礼の言葉の後谷野西高校教頭から西高の近況報告があり、さらに土屋浜松市教育長の「戦後の教育は子供をほめることをモットーとしているが、うまく叱ることもしなければならない」との主旨の講演があった。
 6時50分から親睦会となり、食事をとりながら親睦を深めた。8時30分前田元応援団長のエールのもと応援歌の斉唱をし会を閉じた。